はりのラブライブ!メモ

ラブライブ!への『大好き』を叫ぶブログです

3rdライブに向けて~Solitude Rain編~

 

 みなさんこんにちは、はりです。

 

 前回記事に引き続き、3rdライブに向けての歌詞読み企画をやっていきます。

 こちらの記事を読んでいない方は先に読んでいただければ嬉しいです。 

 

<企画説明記事>

ynhk.hatenablog.com

 

<前回記事(Butterfly編)>

ynhk.hatenablog.com

 

 

 ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会 3rd Live! School Idol Festival ~夢の始まり~まで後4日!

 

 

 というわけで、今回は本企画第8回、第8話挿入歌、Solitude Rain編です。

 いよいよ今回を含めて4曲となりましたが、今回も歌詞解釈やっていきましょう。

 

 

 

はじめに

  Solitude Rain

    歌 :桜坂しずく(CV.前田佳織里)
    作詞:Ayaka Miyake
    作曲:鈴木エレカ、JOE
    編曲:JOE


www.youtube.com

 

 まず、「Solitude」という単語の意味ですが、これは「孤独」ですね。ただ1人であることの自由、ということも意味するようで、一人ぼっちの寂しさだけがこのタイトルに詰まっているわけではなさそうです。

 

 桜坂しずくという子にとって「孤独」という視点は大事なポイントかなと思います。

 

 そしてこの楽曲、非常に難しい楽曲だと思っています。何が難しいかというと、強いて一言で言うなら、しずくにとって演じることって一体何なのかというのが重要だと思うのですが、それが難解なテーマだから、ですかね。それから直接的な表現が少ないことでしょうか。(既に一言ではない)

 

 8話がとても難しい話であるが故にこの楽曲も、読み解くには本来とても時間をかけなければならないと思うのですが、今回は〆切が迫っているので(おいこら)妥協した記事になると思いますが、ご了承ください。

 恐らくまとまりのない記事になると思いますがどうかお付き合いいただければと思います。

 

 この楽曲はしずくのソロ曲であると同時に劇中劇「荒野の雨」の中で歌われる楽曲であるということ。これはSolitude Rainを読む上では外せないポイントかなと思いますので、少しだけ触れていければと思います。

 

 あと、多分に妄想を含みますので、そこのところよろしくお願いします(何が?)

 

  それではいきましょう、Solitude Rain編です。

 

 

 

歌詞解釈

雷鳴が胸に鳴り響いて
閉じ込めていた感情が溢れだしていく
もう見失ったりしない
私だけの思いを

 冒頭はまず雷鳴が何を表しているのかということ。

 

 雷鳴により感情が溢れ出した、ということから、かすみの言葉なのかなと思います。8話のBパート、教室でのかすみとしずくの会話のシーン。

かすみ「なに甘っちょろいこと言ってんだー」

(8話「しずく、モノクローム」より)

 

 しずくが悩んでいたところへやってきて、伝えたこの言葉。まさに雷鳴が響くようなかすみの強い言葉。

 昔の映画が好きで、周りの子とは少し変わった自分を出すのが怖い、そんなしずくの胸に響いたかすみの言葉を " 雷鳴が胸に鳴り響いて " と表現したのではないかと思います。

 

 では閉じ込めていたのはどんな感情なのか。

 

 言い換えれば自分の中に抑え込んでいた感情ということ、つまり”演劇・昔の映画が好き”、あるいは"本当の自分"ではないでしょうか。というと感情という文脈からは若干ずれるんですが...

 

 ””もう””見失わない、ということはこれまで見失っていたもの。けれどもう閉じ込める必要はないからこそ見失わないと言えるのでしょう。

 

 

 

天(そら)から舞い落ちる雨粒が
ぽつり ぽつり 頬伝って
知らないうちに
心 覆っていた仮面を
そっと洗い流していくの

 まず、そらを天(そら)と表しているところが印象的です。「空」ではなくて「天」。

 

 気になったので一応漢字の意味を調べてきました。が…中々しっくりくる理由が分かりませんでした…。*1

 

 舞い落ちる雨粒が頬を伝う、言葉の表面を受け取るのは簡単ですが、この歌詞を理解するのがちょっと難しいですね。舞い落ちる、という表現は「花びらが舞い落ちる」などとひらひらと舞うように落ちる、というようなイメージでしょうか。普通は雨に対してそんな表現を使うことはないです(よね?)

 

 具体的なイメージが何かあるのか、それがしずくらしさなのか。

 具体的なイメージを挙げるなら「どこからともなく落ちてくる」そんなイメージがあります。

 

 「天」という表現にも近い気がしますし、次に書くことにも繋がってきそうです。

 

 雨粒というのは、勿論雨という意味もありますが、しずくの涙という2つの意味を持っていると思っています。頬を伝ってというとやっぱり涙をイメージしますし、ぽつりぽつりというのも涙が一粒一粒流れている、そんな印象があります。

 

 この楽曲を歌うのは、劇中劇の「荒野の雨」。簡単にあらすじを。

 

一人の少女が一番の歌手を目指していたけれど、オーナーに否定されてステージに立つことすらできなくなった。本当の自分と真剣に向き合うことで、自分を出せるようになり、もう一度歌うことを決意する。

 こんな感じかと思います(雑)。

 

 この話から見ると、雨というのはしずくの心の中のことなのかなと思います。上手くいかなくて、心の中の荒野に雨が降る。そんなイメージですね。

 そして、その結果、涙が頬を伝って流れてくる。その涙は自分と向き合うことで、本当の自分のやりたいことを知った時に、自然と流れてくる涙

 

 自然と=舞い落ちる、涙=雨粒

 雨というのはもちろん自然現象ですから、涙が自然と溢れてくる、というような解釈もありなのかなと思いますね。

 

 

 そして知らないうちに心覆っていた。というところについてです。

璃奈  「好きなの?昔の映画。もしかしてしずくちゃんが演劇を始めたのって、こういうの見てたから?

しずく 「そう...かな。それもあるけど。私ね、演じてる時が一番堂々としていられるの。誰の目も気にならないし、自分が、桜坂しずくだってこと、忘れられるの。」

璃奈  「...。自分が、嫌なの?」

(8話「しずく、モノクローム」より)

 

 しずくが元々演劇を始めた理由をこう語りました。昔の映画を見てた、それあるけど、と。

 

 が、きっと始めた動機は純粋な好き、憧れというような感情だったはずなんです。なぜなら、堂々としていられるのも誰の目も気にならないのも桜坂しずくであることを忘れられるのも、全部経験してみないと分からないこと、だからですね。*2

 

 元々あった憧れ、好き、というような演劇に対する想いがいつしか変わってしまっていたんです。それが、知らないうちに心を覆っていた、ということなのでしょう。

 自分と向き合った時に自然と流れてくる涙、それはしずくにとってこれまでの仮面をそっと洗い流していくようなイメージですね。

 

 

 

胸の奥 変わらない
たったひとつの思いに
やっと気づいたの

 胸の奥の変わらない思い、劇中劇においては、やっぱり歌いたい、という思い。そしてしずくの変わらない思いは、何でしょうか。

 

 私は「演劇が好き、演じることが好き」ではないかと思います。

 

 ”やっと”という言葉について、Aメロで書きましたが、知らないうちに心覆われていたしずくなんですが、その中で最初から変わらない想いがあったはずなんです。

 

 「演劇が好き、演劇をやりたい」

 

 これだけは胸の奥で変わらずにあり続けた想いなんですが、心覆う仮面があったためにこの純粋な想いを忘れていた。そのたったひとつの思いに、やっと気付いた。

 ラブライブ!サンシャイン!!的な思考ですが、ほとんどのことは後から『いまさら』わかるものなんじゃないかと思います。しずくにとっても閉じ込めていたものは自分でも見失ってしまっていた。でも間違いなくそこにしずくの大切な気持ちはあって、それにやっと気付いた、ということなのでしょう。

 

 

 

目覚めてく 強く
裸足で駆け出していこう
どんな私からも逃げたりしない

 本当の自分を出すのが怖くて、目をつぶっていた(背けていた)。

 けれどかすみの言葉で目が覚めたのではないかなと。いえ、目が覚めたというよりは、ハッとさせられた、そんな感じでしょうか。

 

 裸足で駆け出していこう、これは困難があっても自分の力で乗り越えて行くという決意。本当に裸足で走っていくわけでは勿論ないですから、本当の想いを大切にしていく(靴、靴下などの”仮面”を外して、自分の想いで駆け出していく)、そんな心の中の決意なのだと感じますね。

 

 かすみにそんなことを気付かされたから、そこで勇気を出せたから、どんな私からも逃げたりしない、そう歌うことができる。

 

 

 

迷いも不安も全部
ありのまま抱きしめたなら
まぶしいあの空へと 飛び出すよ

 これまでずっと怖くて遠ざけてきたこと、やっぱり不安や迷いは沢山生じるでしょう。

 

 でも、ありのままを出す勇気、強さをかすみから受け取ったから、それを抱きしめて進んでいける。

 

 眩しいあの空、これはそのまま受け取るのもありなのかなと思います。心の窓がひらけて、閉じ込めていたものを解き放つことができた、だからこその眩しいあの空、なのだと思います。

 

 雨が上がったからこそ空はまぶしく輝きますし、心の中の雨が上がって初めて、窓を開いて、眩しい空へ飛んでいける。

 そんなしずくの前向きな変化が歌われているように思います。

 

 

 

本当の私と向き合うこと
ずっとずっと怖かったけど
私じゃない完璧な誰かには
もうなれなくたっていい
偽るのはおしまい

 本当の私と向き合うことが出来たしずくの想いが1番で歌われました。

 

 ずっと怖くて遠ざけてきたこと。もうみんなに好かれる良い子を演じる必要はない、本当のしずく、昔の映画が好きで、演劇が好きなしずくでいい。

 

 

 自分を偽るのと、演技をするのは紙一重ですが、そこには違いがあります。

 自分を偽るのは本来やりたいことと違うことをすること。あるいは自分自身に嘘をついて、誰かのフリをすること。

 演技をするのはその逆。自分の意思桜坂しずくとして他の誰かになりきること。


 ここで大事なのは「桜坂しずく」であることなんですよね。つまり「桜坂しずく」であることを忘れるための演技ではない、ということ。だから「完璧な誰か」にはもう「なれなくて」良い、と歌うわけです。

 

 この2つには明確な違いがあり、しずくがここで辞めたのは「偽ること」ですね。

 

 

 

絶え間なく 溢れてる
私だけの思いを
もっと紡ぎたい

 "私だけの思い"、とはどんな思いか。

 

 私は単純に演じることなんじゃないかと思います。先述の通り偽ることと演じることは近いようで遠いもの。昔も今も絶え間なく溢れるのは『演じたい』という思いではないでしょうか。

 

 これまで他の完璧な誰かになろうとしてきたしずくが、私だけの思いを紡ぎたい、と歌ってくれるのがとても良いなと思いますし、この歌詞に込められたしずくのこれまでずっと閉じ込めてきたものがここに詰まっているように思えます。

 

 

 

煌めいて 強く
この目を見つめて欲しい
どんな心からも逃げたりしない

 つい先日、煌めくと輝くという言葉の話を聞く機会がありましたので、この記事で少し触れさせていただきたいなと思います。

 

 煌めくというのは自ら光を放つことをいうそうです。輝くとよく似た言葉として使われるものですが、輝きは他の光を反射して(その光を受けて)光ることをいうと聞きました。

 

 これを踏まえてしずくの歌詞を見てみると、煌めきの方なので、しずくは自分の内部から強く光を放つことを目指しているわけですね。これまでは光を内側に閉じ込めていたから、自分の中にある光を今度は外側に放っていきたい。というようなニュアンスを感じ取ることができますね。

 

 ”目”を見れば嘘かどうかわかる、そういうことってあると思うんです。

 

 これまでの自分を偽ってきたしずくからはこの言葉は絶対に出てこなかったはずなので、この目を見つめて欲しい、というところに本当の自分を見て欲しいという想いがあるのでしょう。

 

 

 

恐れも弱さも全部
こぼれ出す声にのせたら
まぶしいあの空へと 奏でるよ

 本当の自分を出すことに対する恐れと弱さ。

 

 頑固なところも意地っ張りなところも本当は自信がないことも、全て桜坂しずくのアイデンティティとして認めてくれる存在がいたから恐れも弱さも全部こぼれだす声=本当の声(想い)に乗せて奏でていけるようになったんです。

 

 奏でるよという言葉に全く新しいものを生み出す(生まれ変わる)そんな思いを感じますね。

 

 

 

世界でひとりきりの
私になる覚悟なら
できているから
その瞳に映して
私の色で 私だけのリアルで
あなたの心に触れたい

 このCメロがとてもとても好きです(唐突)

 

 世界で一人きりの私になる、これをしずくはこれまでずっと恐れていたこと。一人になる、というのは当然一人ぼっち、ということではなく、自分らしさをだしていくこと桜坂しずくとして、アイデンティティを持った存在になること。

 それが世界で一人だけしかいない、”私”になることです。

 

 そんな想いを強く口にできるようになったのは、どんな自分も肯定してくれる人に出逢うことができたから意外に頑固なところも意地っ張りなところも、本当は自信がないところも、すべてを個性として認めたうえで桜坂しずくのことが大好きだと認めてくれる存在。

 

 そんな存在がどれだけしずくにとって大きかったか。それを感じさせる歌詞ですね。

 

 

 瞳、という言葉選びにしずくの思いを感じています。「瞳」という言葉選びに、どんな印象を持つでしょうか。私は瞳に映すは目で見るということよりももっと内面を見るような、そんなイメージを持っています。

 だからこそ、しずくの本当の自分をその瞳に映して欲しい、というところに内面を見て欲しいという思いを感じて大好きなんですよね。

 

 

 「私の色」「私だけのリアル」これも「世界で一人きりの私」、と似たような意味を持つ言葉だと思います。この言葉から本当の自分ということに対して、自信をどこかで持てているようなそんな気もします。

 

 

 そして「あなたの心に触れたい」、というところが私自身一番この曲の中で気になったところかもしれません。

 

 8話で主に描かれたのがしずくが如何にして本当の自分を出すことができるようになるのか、というところだと思っています。その話の挿入歌の中でこのフレーズは対象が自分ではなく、相手(あなた)なんですね。

 ここで少しだけ思ったのが、しずくの人間関係のことなのかなと。

 

 

 自分をさらけ出さない(出せない)人が、他の人(同好会メンバー、その他の友人など)に対して、深い人間関係を作っていけるのかどうかということです。

 正直これは難しいと思っていて。自分の心を開けていないのに相手が心を開いてくれることって中々ないことではないでしょうか。

 

 しずくが悩んでいることに一早く気付いた、とてもよく見てくれているかすみや璃奈が歩み寄ってきてくれているにも関わらず、悩みを打ち明けることも、相談することもできなかった。かすみとの間にしずくは一枚の壁を無意識のうちに挟んでしまっていたのかもしれません。それでもその壁を突き破ってくれたのがかすみだった。

 8話でかすみが言ったこのセリフ。

かすみ「しず子はどう思ってるの?!可愛い??!!可愛くない??!!」

(8話「しずくモノクローム」より)

 

 このセリフは、しずくが自分をさらけ出すことへの勇気にも繋がっているとは思いますが、しずくが相手(かすみ)の心に触れることにも繋がっているのではないかと思います。*3

 

 自分の心を開くこと、そして相手の心に触れることの価値にも気付いたのではないでしょうか。だからこそ「あなたの心に触れたい」なのかな、と考えましたが。この解釈については色々な意見がありそうなところですね。

 

 

 

目覚めてく 強く
裸足で駆け出していこう
どんな私からも逃げたりしない
迷いも不安も全部
ありのまま抱きしめたなら
まぶしいあの空へと Ah 飛び出すよ
じきに雨が上がる
“Hello, This is me”

 再び1番サビの歌詞が戻ってきますね。ただ最後の最後に大事な歌詞があります。1番サビのところで書きました、心の雨が止んだ時に心の窓を開けることができる、と。

 

 かすみとの会話の後に窓を開けるシーンがありましたが、窓を開ける→心の窓を開ける→正面から光を浴びる。心の雨が上がって、本当の自分を出すことができる。

 

 閉め切られた教室に外から開けるかすみそれを受けて内側からあけるしずく自身。それ自体がしずくとして、これが自分なんだといえる瞬間だったのだと思います。もちろん外側からこられたとき(かすみが来た時)に”これが私”と言えることはなくて、自ら開けた時に”これが私”と言えるのだと思います。

 だからこその“Hello, This is me”なんだなと。

 

 もっと言うとその後のスクールアイドルとして、役者として「本当の私を見てください」という言葉がありましたが、「これが私」と自信を持って歌えるようになったからこそ、偽っている桜坂しずくではなく、他の役を演じている桜坂しずくを見て欲しい、そう言えるのではないでしょうか。

 

 

 

おわりに

  はい、というわけでSolitude Rain編でした。

 

 この記事を読んで(くれている人がいるかは知りませんが)思ったことがありませんか?これは私自身整理できていないことなので、ここに書いておきますが、『本当の私を見せること』と『演じること』についての2点が整理されていないです。

 8話を通して、しずくは役を降ろされるところから再び役を勝ち取り、『演じる』ことが出来るようになる話が描かれています。この楽曲において最終着地点が『本当の私を見せること』と最後に書きましたが、じゃあまさしくこの曲が披露された舞台「荒野の雨」のように『演じること』は彼女にとってどういう変化があったのか ― 。

 2点の関係性としずくの中での変化などをもう少し整理出来れば良かったなとは思います。

 

 とはいえこの難解な楽曲と向き合うことで少しは理解が深まったかなと思います。ただもっともっと深堀出来ることはあると思うので、8話の見返し、Solitude Rainの聴きなおしをやっていきたいなと思います。

 

 本当に難しい楽曲だと思っていますので、たくさんの方の意見、解釈を是非聞いてみたいところではありますが。

 

 といったところで今回はここまでにしようと思います。

 

 お読みいただいた方、ありがとうございました。

 

 次回は、果林の楽曲「VIVID WORLD」編を書いていきます。いよいよ明日で全員のソロ曲が出揃うことになりますね(一旦)ということで明日もよろしくお願いします!

 

 今回もお付き合いいただきありがとうございました(*^_^*)

 

 それでは~

 

 

 

*1:有識者の方よろしくお願いします(他人事)

*2:それの証明としてしずくの文脈が全て○○できる、という文脈になっています。

*3:物理的距離も近くて狂った人が溢れていたとかいなかったとかいう話がありますが、あれは心理的距離の描写ですね