なんどだって約束!を聴いた。読んだ。
涙が止まらなかった。
優しさと強さを持ったAqoursがそこにいたから。
そしてそのAqoursの歌に救われたから。
自分にとってAqoursとの約束はとんでもなく大きな意味がある。
なんどだって約束!は自分にとって特別すぎる。
自分はAqours”との”約束は持っていない。
そして自分はAqoursから「約束があった。」と言われる人間ではなくて。
「もう1回ここに」
と言われた時も
「ずっとAqoursを好きでいてください。」
と言われた時も。
自分はAqoursと約束なんてしていない。いや、できていない
だからこれは一方的な約束。
Aqoursに対して自分が交わした、誓った、一方的な約束。
だからAqours”との”約束じゃなくて、Aqours”への”約束。
自分がAqoursに誓った約束は単純なこと。
Aqoursを愛し続けること。Aqoursに会いに行くこと。Aqoursに会うために毎日を生きること。
ただそれだけで。
4thも5thも行けていない自分にとっては、「もう1回東京ドームに」とか、「ドームツアー」とか、そういうことじゃなくて。
言うまでもなくそれも諦めてないことだったしいまも諦めてない。
けど、自分がAqoursからもらったもの、Aqoursから教えてもらったこと。それをいま自分ができることはたったそれだけ。
それが自分のAqoursとの約束。
でも次はまたあの場所で今度はAqoursと”一緒に”新たな約束をしに。
なんどだって約束!は東京ドームに行ってから初めて完成する。
それは約束を果たした喜びを歌うための舞台と曲で未来の約束をしようとしているから。
やっぱりそんなAqoursが好きで好きで仕方がないなって。
ミライの約束をするのがAqoursだなって。
終わらせない。と力強く歌うAqoursが好きなんだなって。
「約束」は易い言葉じゃない。
約束は将来に誓うものだから。
そして簡単に破れるものではないから。
そんな言葉を使ってAqoursがもっともっと、と言ってくる。
だから自分のAqoursへの約束を果たしに行きたいし、また新たな約束をしに行きたい。
また会おうねと約束したい。
Aqours”との”約束を交わしに行きたい。
まだまだAqoursと一緒に楽しいことしたい。
一方的じゃなくて、”一緒に”ミライの約束をしに東京ドームへ ―。